特184条の3 国際出願による特許出願

PCT出願から日本国内へ移行する手続き(国内移行手続)について、根拠となる条文を整理します。大きく分けて「PCT条約(国際的なルール)」と「日本国特許法(国内の受け入れルール)」の2つの側面から規定されています。

1. PCT条約(特許協力条約)の規定

国際出願をした出願人が、指定国(日本など)で手続を開始するための義務と期限を定めています。

  • 第22条(指定官庁への写し、翻訳文及び手数料の提出)

    • 予備審査を請求しない場合(第1章)の国内移行について規定しています。「優先日から30ヶ月以内(原則)」に手続をしなさい、という大元のルールです。

  • 第39条(選定官庁への写し、翻訳文及び手数料の提出)

    • 予備審査を請求した場合(第2章)の規定です。こちらも現在は多くの国で30ヶ月(一部31ヶ月)です。


2. 日本国特許法の規定

日本には「第9章 国際出願に係る特例(第184条の3 ~ 第184条の20)」という専用の章があり、ここで詳しい手続きが定められています。特に重要なのは以下の条文です。

① 国際出願は「日本の出願」とみなす(基本)

  • 第184条の3(国際出願による特許出願)

    • 国際出願日にされた日本の特許出願とみなす」という、PCTの効力を日本法に落とし込む条文です。

② 手続き書類(国内書面)を出しなさい

  • 第184条の5(書面の提出及び補正命令)これが「国内書面(表紙)」の提出義務を定めた条文です。「国内処理基準時(優先日から30ヶ月)」までに、出願人の氏名や住所などを記載した書面を特許庁長官に提出しなさい、と書かれています。

③ 翻訳文を出しなさい(外国語の場合のみ)

  • 第184条の4(外国語特許出願の翻訳文)英語などで出願されたPCT出願(外国語特許出願)の場合、日本語の翻訳文を出す義務とその期限(原則30ヶ月)を定めています。※「日本語特許出願」の場合は、この翻訳文提出は不要です。


まとめ:日本語PCTの事例(日本語PCT)で言うと?

日本語で行ったPCT出願を日本へ移行するケースで該当する「手続きの条文」は、ズバリこれです。

  • 特許法 第184条の5 第1項

    • 内容: 「日本語でPCT出願した人は、優先日から30ヶ月以内に、国内書面(願書のようなもの)を提出して、手数料を払いなさい。」

つまり、日本語でPCT出願をしていた場合、「書き直さなくていい(翻訳いらない)」というのは第184条の4が適用されないからであり、「新しい表紙(国内書面)は必要」というのは第184条の5で義務付けられているから、という法的な整理になります。

質問:PCT出願時は、どの国に国内以降する予定があるかは書かなくていい?

Gemini:PCT出願の段階では、将来どの国に移行するかを決めて書く必要はありません。「とりあえず全部の国を指定したことにしておく(自動的に全指定)」というルールになっています。

1. 「みなし全指定」のルール

2004年1月1日以降のルール改正により、PCT出願の願書を提出するだけで、その時点で加盟しているすべての国を自動的に指定したとみなされます。

  • 昔(2003年まで): 願書のチェックボックスで「アメリカ」「日本」「ドイツ」…と移行したい国をいちいち選んでチェックする必要がありました(そして指定国の数に応じて手数料も変わりました)。

  • 今: チェックボックスは基本的に不要です。出願するだけで、世界中(150カ国以上)の「予約チケット」を自動的に確保した状態になります。

2. いつ決めるの?

実際に「どの国で権利化するか」を決めるのは、30ヶ月後の「国内移行期限」のタイミングです。

  • PCT出願時(0ヶ月): 「とりあえず世界中の権利化の可能性(予約権)」を確保。

  • 考慮期間(〜30ヶ月): 製品が売れそうな国はどこか、費用対効果などをじっくり考える。

  • 期限直前(30ヶ月):

    • 「やっぱり日本だけでいいや」→ 日本の特許庁にだけ手続き(国内移行)をする。他の国の予約権は放置すれば自動的に消滅。

    • 「アメリカと中国も欲しい」→ 日本、米国、中国のそれぞれに手続きをする。

「とりあえず広く網をかけておいて、後で必要なところだけ拾う」ことができるのが、PCT出願の最大のメリットですね。

補正(修正)したい場合

もし、「PCT出願のときの内容から少し変えたい(請求項を絞りたい、書き方を変えたい)」場合は、国内移行のタイミング(または審査請求などのタイミング)で「手続補正書」を出せば、内容を書き直す(補正する)ことも可能です。 ※先ほどの議論にあった「分割出願」をするために、あえてここで内容をいじる等の戦略をとることもあります。

ただし、「新規事項の追加(New Matter)」は絶対NGです。いくら補正(修正)ができると言っても、「国際出願をした日(今回の場合は2014年3月13日)の明細書・請求の範囲・図面」に書いていないことを、後から付け加えることは許されません。このルールは**「新規事項追加の禁止」**と呼ばれ、日本の特許実務において最も厳しく、かつ重要なルールのひとつです。

1. なぜNGなのか?(ルールの理由)

もし、出願した後から自由に新しいアイデアを書き足せるなら、以下のようなズルができてしまうからです。

  • 後出しジャンケン: 先にテキトーな内容で出願して日付けを確保し、後から他社の製品を見て「あ、あの機能も入れておこう」と書き足す。

  • 早い者勝ちの崩壊: 真面目に研究して完成させてから出願した人が損をしてしまいます。

だから、**「最初に提出した書類(日本語でPCT出願したのであれば、PCT出願時の日本語明細書)の範囲内」**でしか、文章を直したり、説明を補充したりすることはできません。

2. 「範囲内」の境界線は厳しい

「書いてあること」だけでなく、「書いてあることから自明(当たり前)なこと」までは許容される場合もありますが、審査官はここを非常に厳しく見ます。

  • OKな例:

    • 誤記の訂正(「てにをは」や明らかな誤字)。

    • 不明瞭な表現を、元の文脈から明らかな範囲で分かりやすく書き直す。

    • 上位概念化 ※ただし、元々その概念が読み取れる場合に限る。

  • NGな例(新規事項):

    • 実施例(実験データ)の追加。「実はこんな実験もしてました」と後から出すのは、反論の証拠としては使えても、明細書本文には追加できません。

    • 数値範囲の変更。「30℃~50℃」と書いてあったのを、根拠なく「20℃~60℃」に広げる。

    • 新しい効果の記載。「実はこれ、防臭効果もありました」と元々書いていない効果を追記する。

3. もし「新規事項」が入ってしまったら?

補正書を出しても、審査官に「これ、元のPCT出願に書いてないですよね?(新規事項の追加)」と指摘されると、その補正は却下されます(拒絶理由になります)。

最悪の場合、うっかり登録されてしまっても、後でライバル会社から**「この特許は新規事項が追加されているから無効だ(特許法第123条)」**と訴えられて、特許が潰される原因になります。

まとめ

  • 国内移行時の書き直し(手続補正): 可能です。

  • ただし: 「PCT出願時のテキスト」という檻(おり)の中から一歩も出てはいけません。