(他人の特許発明等との関係)
第七十二条 特許権者、専用実施権者又は通常実施権者は、その特許発明がその特許出願の日前の出願に係る他人の特許発明、登録実用新案若しくは登録意匠若しくはこれに類似する意匠を利用するものであるとき、又はその特許権がその特許出願の日前の出願に係る他人の意匠権若しくは商標権と抵触するときは、業としてその特許発明の実施をすることができない。https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121#Mp-Ch_4-Se_1
特許法第72条は「自分の特許であっても、他人の先願(先に登録された権利)を利用していたり抵触していたりする場合は、勝手に実施しちゃダメですよ」という、後発の特許権者にとっては非常に厳しい条文です。
これを現実的にどうやって解決するのか、知財実務で取られる「6つの解決策」を優先度の高い順に解説します。
1. ライセンス交渉(実施許諾を得る)
最も一般的で穏便な解決策です。相手(先願の権利者)に「お金を払うので使わせてください」とお願いし、通常実施権を設定してもらいます。
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メリット: 法的紛争を避けられ、すぐにビジネスを開始できる。
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デメリット: 実施料(ロイヤリティ)を払い続ける必要がある。
2. クロスライセンス(物々交換)
前回の解説で少し触れた「お互いの特許を使い合う」契約です。もし、あなたが相手にとっても魅力的な特許を持っている場合、「私の特許を使わせる代わりに、あなたの特許も使わせて」と交渉します。
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メリット: 実施料が無料(または格安)になることが多い。
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デメリット: 相手が欲しがるような強力な特許を自分が持っている必要がある。
3. 設計変更(デザインアラウンド)
相手の特許の「請求の範囲(クレーム)」を精査し、その権利範囲から外れるように製品の仕様を変える方法です。
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メリット: 相手にお金を払う必要がなく、完全に自立できる。
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デメリット: 開発コストや時間がかかる。また、変更によって製品の性能が落ちるリスクがある。
4. 相手の特許を無効にする(無効審判・情報提供)
「そもそも、この相手の特許は登録されるべきではなかった(過去に似た技術があるなど)」という証拠を見つけ出し、特許庁に訴えて権利を消滅させる攻撃的な手法です。
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メリット: 成功すれば、誰に気兼ねすることもなく自由に実施できる。
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デメリット: 非常に高い専門性と費用、時間がかかる。失敗すると相手との関係が最悪になる。
5. 特許権そのものを買い取る(譲受)
ライセンスではなく、相手の特許権ごと買ってしまう方法です。相手がその事業から撤退しようとしている場合などに有効です。
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メリット: その技術を独占できる。
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デメリット: まとまった買収資金が必要。
6. 裁定(特許法第92条)― 最後の手段
これが前回の議論に出てきた「利用関係の裁定」です。
交渉を尽くしたけれど相手がどうしても首を縦に振らない場合、特許庁長官(または経済産業大臣)に対して、「公共の利益のため、あるいは不当な拒絶であるため、使わせるように命令してくれ」と申し立てる制度です。
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メリット: 相手が拒否しても強制的にライセンスを得られる可能性がある。
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デメリット: 認められるハードルが非常に高く、実務上は滅多に使われません(伝家の宝刀のような存在です)。
実務の流れイメージ
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まず相手の権利を徹底的に分析し、**「本当に抵触しているか?」**を確認する。
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抵触しているなら、**「設計変更で逃げられないか?」**を検討する。
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逃げられないなら、**「相手の特許を潰す弱点はないか?」を探しつつ、「ライセンス交渉」**を申し込む。
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交渉が難航し、かつ社会的にどうしてもその製品が必要な場合に初めて**「裁定(92条)」**が視野に入る。
まとめ
第72条にぶつかった時は、**「お金で解決(ライセンス)」「知恵で解決(設計変更)」「力で解決(無効審判)」**のどれかを選ぶことになります。
この中で第94条4項・5項の話とつながるのは、「6. 裁定」によって得たライセンスの取り扱いだった場合ということですね。