特094 通常実施権の移転 

(通常実施権の移転等)
第九十四条 通常実施権は、第八十三条第二項、第九十二条第三項若しくは第四項若しくは前条第二項、実用新案法第二十二条第三項又は意匠法第三十三条第三項の裁定による通常実施権を除き、実施の事業とともにする場合、特許権者(専用実施権についての通常実施権にあつては、特許権者及び専用実施権者)の承諾を得た場合及び相続その他の一般承継の場合に限り、移転することができる。
2 通常実施権者は、第八十三条第二項、第九十二条第三項若しくは第四項若しくは前条第二項、実用新案法第二十二条第三項又は意匠法第三十三条第三項の裁定による通常実施権を除き、特許権者(専用実施権についての通常実施権にあつては、特許権者及び専用実施権者)の承諾を得た場合に限り、その通常実施権について質権を設定することができる。
3 第八十三条第二項又は前条第二項の裁定による通常実施権は、実施の事業とともにする場合に限り、移転することができる。
4 第九十二条第三項、実用新案法第二十二条第三項又は意匠法第三十三条第三項の裁定による通常実施権は、その通常実施権者の当該特許権、実用新案権又は意匠権が実施の事業とともに移転したときはこれらに従つて移転し、その特許権、実用新案権又は意匠権が実施の事業と分離して移転したとき、又は消滅したときは消滅する。
5 第九十二条第四項の裁定による通常実施権は、その通常実施権者の当該特許権、実用新案権又は意匠権に従つて移転し、その特許権、実用新案権又は意匠権が消滅したときは消滅する。
6 第七十三条第一項の規定は、通常実施権に準用する。

 

実施の事業とともにする場合 とは

Gemini:特許法第94条にある「実施の事業とともにする場合」という表現は、「その特許発明を使っているビジネス(工場、設備、スタッフ、ノウハウ、顧客リストなど)をセットで他人に譲り渡すこと」を指します。なぜこのような規定があるのか、具体例を交えてわかりやすく解説します。


1. 「実施の事業とともに」の意味

ここでいう「事業」とは、単なる「権利」ではなく、**「その発明を実際に形にするための具体的な組織や設備」**のことです。

  • 具体例:

    あなたがA社から「魔法の杖」を作るライセンス(通常実施権)を得て、専用の工場を建て、職人を雇って製造・販売していたとします。このとき、工場・機械・職人・販売網をひっくるめてB社に売却(事業譲渡)する場合が「実施の事業とともにする場合」に該当します。

なぜこれが認められているのか?

事業譲渡によって経営主体が変わっても、やっている中身(工場や設備)が同じであれば、特許権者にとって「誰が使っているか」というリスクに大きな変化がないと考えられています。また、事業を買った人がその特許を使えないと、せっかくの設備がムダになってしまい、社会的にも損失だからです。


2. 「事業とともにしない場合」とは?

これは、**「事業の実態(設備や組織)は手元に残したまま、ライセンスという『権利』だけを他人に売る(または貸す)」**というケースです。

  • 具体例:

    あなたは「魔法の杖」のライセンスを持っていますが、自分では作らず、あるいは作るのをやめて、その「ライセンスを使える権利」だけをC社に有償で譲ろうとする場合です。

なぜこれには「承諾」が必要なのか?

特許権者(発明の持ち主)からすると、「信頼しているあなただからライセンスを許したのに、全然知らない他人に勝手に権利を転売されるのは困る」からです。

「事業とともにしない」転売を自由に認めると、ライセンスが勝手に一人歩きしてしまい、特許権者のビジネスを脅かす可能性があるため、原則として特許権者の承諾を必須としています。


3. 移転パターンの整理

通常実施権の移転(譲渡)ができるケースを整理すると、以下のようになります。

移転のパターン 特許権者の承諾 備考
実施の事業とともに移転 不要(原則) 工場や部門ごとの譲渡(M&Aなど)
相続・合併(一般承継) 不要 会社が合併したり、個人が亡くなった場合
権利のみの移転 必要 「ライセンスだけ売ります」という場合

[!NOTE]

実務上は、ライセンス契約書の中で「事業譲渡であっても承諾を必要とする」といった特約を結ぶことが多いため、条文だけでなく契約内容もセットで確認するのが一般的です。


まとめ

  • 事業とともに: 「工場やスタッフごと、ビジネスを丸ごと譲る」こと。

  • 事業とともにしない: 「ビジネス実態は持ったまま、権利の枠だけを譲る(転売する)」こと。

「事業とともにする場合」は、実態がそのまま移動するだけなので特許権者に実害が少なく、逆に「権利のみ」の場合は特許権者のコントロールが効かなくなるため制限されている、と考えるとスッキリすると思います。

(Gemini)

プロンプト:特許権者から通常実施権をもらって事業を行っておきながら、特許権者に断りなく(承諾をえずに)、勝手に他人に事業まるごと通常実施権も含めてゆずっちゃっていいってこと?

Gemini: はい、驚かれるかもしれませんが、条文の字面通りに解釈すると、「実施の事業とともにする場合」は、特許権者の承諾(OK)をもらわなくても、勝手に他人に事業ごと譲り渡してよいということになります。

なぜ特許権者の承諾がいらないのか、その理由と「実務上の落とし穴」を整理しますね。


1. なぜ「承諾なし」で移転できるのか?(立法の理由)

特許法が「事業ごとならいいよ」と言っているのには、主に経済的な理由があります。

  • 設備のムダを防ぐ:

    ライセンスを受けて巨大な工場(事業)を作った後、その会社を誰かに売ろうとしたとします。もし特許権者が「移転はダメだ」と拒否したら、買った人はその工場を動かせなくなり、せっかくの設備がただの鉄くずになってしまいます。これは社会全体として大きな損失です。

  • 実態が変わらない:

    「事業ごと譲渡する」ということは、作っている場所や設備、働いているスタッフ、製造方法などはそのまま維持されるのが普通です。「誰がオーナーか」は変わりますが、特許権者から見て「ライセンスを与えたビジネスの中身」自体は大きく変わらないため、リスクが低いと判断されています。


2. 実務上の「超重要」な注意点(特約の存在)

ここが一番大事なポイントなのですが、法律(第94条1項)では「承諾不要」となっていても、実際のビジネスの現場では、勝手に移転できないことがほとんどです。

なぜなら、多くのライセンス契約(契約書)には、以下のような条項が入っているからです。

「本ライセンスは、事業の譲渡、合併、その他いかなる理由があっても、甲(特許権者)の事前の書面による承諾なしに第三者に譲渡することはできない

法律と契約の関係

  • 法律(特許法): 「原則として、事業ごとなら承諾なしで移転していいですよ」というデフォルト設定

  • 契約書: 「法律はそう言っているけど、私たちの間では『必ず承諾が必要』というルールにしましょう」という個別ルール

日本の法律では、この種のルールは契約(特約)で上書きできると考えられています。そのため、現実には「特許権者に黙って事業を売却し、ライセンスも一緒に引き継ぐ」ことは、契約違反になるリスクが非常に高いのです。


3. まとめ:承諾がいらないケースの整理

特許法第94条1項において、特許権者の承諾が「法律上」不要とされているのは、以下の2つのパターンです。

  1. 実施の事業とともにする場合(今回のケース:工場ごと売却など)

  2. 相続その他の一般承継の場合(会社の合併や、個人事業主の死亡による相続など)

これらは「権利だけが一人歩きして転売される」わけではなく、事業や会社としての同一性が保たれているため、特許権者の承諾を待たずとも移転が認められています。


知財の勉強を進める上で、「条文上の原則」と「契約での実務」のギャップを知っておくのはとても大切です!

(Gemini)

ある特定のケース(3項)では「承諾」や「相続」だけでの移転を認めず、「事業とともにする場合」のみに絞っているのか、その理由を整理するとスッキリします。


94条 1項 vs 3項 の比較表

まず、何が違うのかを整理しましょう。

項目 1項(通常のライセンスなど) 3項(不実施・公益の裁定)
対象 契約によるライセンス、先使用権など 不実施(83条2項)や公共の利益(93条2項)のために国から強制的に与えられたライセンス
移転条件 A:事業とともに OK OK
移転条件 B:権利者の承諾 OK NG(そもそも想定されない)
移転条件 C:相続・合併 OK NG

なぜ3項は「事業とともに」限定なのか?

3項で扱われるのは、特許権者が拒否しているのに、国が「特許を使わないのはもったいない(不実施)」や「社会のために必要だ(公益)」と判断して、強制的に誰かに与えたライセンス(裁定通常実施権)です。

1. 「権利の転売(ブローカー行為)」を防ぐため

もし、国から強制的に勝ち取ったライセンスを、「事業実態はないけれど、他人に売って儲ける(承諾移転)」ことができたらどうなるでしょうか?

それは本来の「発明を実施して社会を豊かにする」という目的から外れ、**「国から奪った権利を横流しする」**という不当なビジネスになってしまいます。

2. 特許権者を守るため

特許権者からすれば、ただでさえ「強制的に」使わされている相手です。「事業を引き継ぐなら仕方ないが、事業もしない他人に勝手に権利だけ渡されるのは、あまりにも負担が大きすぎる」と考えられています。

3. 「事業とともに」なら認める理由

逆に言えば、工場や設備(事業)をセットで譲り渡すのであれば、それは「その発明を世の中で活用し続ける」という裁定の目的に合致しています。だから、このケースだけは認めているのです。

第94条の4項と5項は、**「利用関係の裁定(第92条)」**という特殊な状況についてのルールです。1項や3項は「そのライセンスをどう動かすか」という話でしたが、4項・5項は**「自分の持っている特許(メインの権利)とセットでどう動くか」**という、さらに一歩踏み込んだ内容になっています。わかりやすく、登場人物を立てて解説します。


1. 前提:利用関係の裁定(第92条)とは?

  • Aさん: 「鉛筆」の特許を持っている。

  • Bさん: 「消しゴム付き鉛筆」の特許を持っている。

    • Bさんが「消しゴム付き鉛筆」を作ると、Aさんの「鉛筆」の特許を勝手に使ってしまうことになります(=利用関係)。

  • 裁定: Aさんが「使わせない!」と拒否しても、国がBさんに「Aさんの特許を使う権利(通常実施権)」を与えるのが92条3項の裁定です。


2. 第94条4項:利用する側(Bさん)のルール

Bさんが、国からもらった「Aさんの特許を使う権利」を誰かに譲りたい場合です。

ルール:

**「自分の特許(消しゴム付き鉛筆)」+「実施の事業」**の両方と一緒に移転しなければならない。

  • なぜか?:

    このライセンスは、Bさんが「自分の特許(消しゴム付き鉛筆)」を実施するために、特例でもらったものだからです。

    「消しゴム付き鉛筆の特許」は売るけど、「Aさんの鉛筆を使う権利」だけ手元に残す…といったバラ売りは絶対に認められません。また、3項と同様に「事業(工場など)」もセットである必要があります。

  • さらに厳しい罰則:

    もしBさんが「特許だけ」を他人に売って、事業を切り離したりすると、このライセンスは消滅してしまいます(=共倒れルール)。


3. 第94条5項:利用される側(Aさん)のルール

実は92条4項には、Aさんが「Bさんに使わせるなら、私にもBさんの消しゴム付き鉛筆を使わせなさいよ」と、逆ライセンス(クロスライセンス)を求める権利があります。これを受けたAさんのルールです。

ルール:

**「自分の特許(鉛筆)」**に従って移転する。

  • なぜか?:

    Aさんがもらった逆ライセンスは、Aさんの「鉛筆」の特許を守るための「おまけ」のようなものです。そのため、Aさんが「鉛筆」の特許を誰かに譲れば、この逆ライセンスも自動的に付いていきます。

  • 4項との違い:

    こちらは「事業とともに」という条件がありません。Aさんはもともと自分の特許を守る立場で受動的にライセンスを得た側なので、Bさん(4項)ほど厳しく縛られていないのです。


94条各項の「移転条件」まとめ

ここまでの内容をすべてまとめると、以下のようになります。

条項 ライセンスの種類 移転の条件(セットで譲るもの)
1項 通常の契約など 事業とともに / または承諾 / または相続
3項 不実施・公益の裁定 事業とともに のみ
4項 利用関係の裁定(受ける側) 自分の特許 + 事業とともに
5項 利用関係の裁定(逆側) 自分の特許 に従う

まとめ

  • 4項(Bさん): 「自分の特許」と「事業」の両方の道連れが必要。バラバラにすると権利が消えるほど厳しい。

  • 5項(Aさん): 「自分の特許」の移動に自動的にくっついていく。

「実施の事業とともに」という言葉に加えて、4項・5項では**「自分の特許権(親亀)が動くときは、ライセンス(子亀)も一緒に動く」**という親子関係のイメージを持つと理解しやすくなります。

(Gemini)