免疫学の知識が断片的かつ曖昧なままだと、HLAとMHCが似ているけどどう違うの?といったぼやけた疑問が頭の中で停留した状態になっています。MHC IとMHC IIの違いなども、あやふやです。一度、整理してスッキリさせる必要があると思いました。
MHC (Major histocompatibility Complex)主要組織適合性複合体とは
免疫学の本質的な部分は、自己と他己との区別です。じゃあ、自分と他人との違いはどこにあるのでしょうか。いわゆる遺伝的な多型というものがどんなタンパク質の一次構造にもあり得るわけですが、それをおいておけば、人間は他の動物のものとは異なる、人間独自のタンパク質(アミノ酸配列)をもっています。違っている部分というのは、一体どこにあるのかというと、非常に限られた部分なわけで、それがMHCなんですね。ヒトという「同種」なのに、他の個体にとって抗原となるようなもの、それがMHCです。
人と人との間で臓器移植を行った場合に、単純にそのまま移植すると、移植拒絶反応がおきます。拒絶反応を引き起すということは、組織適合性がなかったということです。この組織適合性を決めるのが、すなわちMHCになっているのが、人間の場合はHLAという遺伝子です。
勉強を始める前に抱いた疑問、「MHCとHLAとの違いは何か」というと、ヒトの場合同じと考えてよいよです。MHCは動物種を問わない概念の名称(もしくはその概念を体現している遺伝座の名称)であり、ヒトにおいてMHCの中にはHLA遺伝子が含まれます。HLAはHuman Leukocyte Antigenの略で、このことば自体、概念をも表しています。ちなみに人のMCHはHLAと呼ばれますが、マウスの場合はH2と呼ばれています。
比較的最近の論文のイントロダクションにMHCが何かということがわかりやすく説明されていました。
The Major Histocompatibility Complex (MHC) region on the short arm of chromosome 6 has consistently emerged in all of these studies as the most polymorphic region in the human genome. Spanning about 4 Mb, the MHC contains over 160 genes including the human leukocyte antigen (HLA) Class I and Class II genes, thus allowing this genomic region to play a central role in regulating the human immune system as well as in determining the compatibility of organ transplants, susceptibility to infectious and autoimmune disorders and adverse reactions to pharmacologic agents. (Mapping the genetic diversity of HLA haplotypes in the Japanese populations Scientific Reports volume 5, Article number: 17855 (2015))
じゃあ、MHCのM、「主要」という言葉は何?と気になります。実は、組織適合性をきめる遺伝子の中の、主要なものなので、主要組織適合性複合体と呼ばれるわけです。ということは、主要ではないものも当然あります。それは、minor (副)という言葉をつかって、副組織適合抗原(minor histocompatibility antigen)と呼ばれます。副組織適合抗原というのも「概念」でもあって、じゃあ、ゲノムのなかのどの遺伝子だといわれると困るわけです。副組織適合抗原となる遺伝子は、あちこちにあって、まだ見つかっていないものもある可能性があります。つまり、主要組織適合性複合体が完全に一致した人同士で臓器移植をしても、まだ、移植拒絶が完全には抑制できないため、その原因として、主要以外の組織適合性が問題になるのだろうということで、副組織適合抗原の存在が仮定されているというわけなのです。
組織適合遺伝子座は複数あり、おそらく100以上存在する。その代表が主要組織適合遺伝子複合体major histocompatibility complex (MHC)にコードされるMHCクラスI分子とMHCクラスII分子である。‥ 非MHC組織適合抗原については、ほとんどわかっていない。(リッピンコットシリーズ イラストレイテッド免疫学)
HLA遺伝子の構造はというと、クラスI, クラスII、クラスIIIと領域がわかれていて、クラスIの中にはA,B,C,E,F,G,H,J,Xという領域がさらにあります。クラスIIの領域の中にはさらに細かくDP,DN,DMDO,DQ,DRと言う領域があります。HLA-Aは人によって多様性があってA1, A2, A3, A9, A1, A210, A203など名付けられていて数十種類あります。よって、ヒトによってこの組み合わせがことなるので、一本の染色体(父おや由来または母親由来)のHLAの「型」があることになりますが、これをHLAハロタイプと呼びます。HLAハロタイプの種類は、数万におよぶため、HLAハロタイプが一致する赤の他人に出会う確率は、数万分の一しかありません。兄弟の場合は、父親から同じハロタイプを受け継いだ可能性は二分の一になります。一卵性双生児の場合は、ハロタイプは一致します。
参考図書
- 矢田純一 医系 免疫学 改訂16版 中外医学社 第18章 輸血と臓器移植 904ページ~
- リッピンコットシリーズ イラストレイテッド免疫学 原書2版 丸善出版 第17章 移植 270ページ~
MHCの構造
MHC分子の最大の特徴は、なんといってもその抗原提示機能にあります。そのため、MHC分子の表面部分は、αヘリックスが2つならんで間に大きな溝の部分をもつ立体構造を持っています。
- PDBj入門 主要組織適合性複合体
MHCとHLAがなぜごっちゃになっていたのかというと、ヒトのMHCがHLAで、HLA遺伝子からつくられるタンパク質がMHCクラスI分子であったりMHCクラスII分子であったりするからだったんですね。概念の名前、遺伝子座の名前、タンパク質分子の名前が、そもそもこんがらがっていたのです。
MHCの2つの役割
MHCの役割を勉強するにあたって、MHCの2つの役割を把握しておくことが大事だと思います。一つは、ハロタイプによって個人が「識別」されていること。そして、このことがまさに、他人の臓器が移植された場合に、自己と他己との違いになるメカニズムであること。2つ目は、抗原ペプチドを提示する機能をMHC分子が持っていることです。
- 免疫学コア講義 南山堂 改訂4版 第5章 主要組織適合遺伝子複合体 28ページ
T細胞による抗原認識
自分が面白いなあとおもうのは、B細胞による抗原認識と、T細胞による抗原認識とが、抗原タンパクの立体構造を認識するのかそれともタンパク質の一次構造を認識するのかという違いがある点です。
B細胞の場合は、立体構造が保たれたままの抗原を、B細胞膜上に発現している抗原受容体(sIgM)が認識して、そのB細胞のクローンが増殖して抗体を産生します。
T細胞が「一次構造」認識するということの意味は、抗原となるタンパク質はペプチドに分解されてそのペプチドがMHC分子表面の空隙に結合してT細胞に提示されるということを意味しています。ペプチドはもはやもともとのタンパク質の一部として存在していたときの立体構造の情報は持っていないというわけです。
Alpha-beta T cells are unique in expressing antigen receptors that do not recognize 3-dimensional conformational antigenic shapes but instead recognize linear antigenic peptides bound to molecules of the Major Histocompatibility Complex (MHC). (Research Topics Thymic selection of MHC-restricted and MHC-independent T cell receptors Alfred Singer, M.D. Senior Investigator)
抗原は、「B細胞およびその表面抗体(sIgM)」と「T細胞上のT細胞受容体」の2種類の異なる工程によってホストに認識されます。B細胞もT細胞も同じ抗原に反応しますが、反応するのは抗原分子上の別々の部分です。B細胞の表面にある抗体は、タンパク質の立体構造を認識することができます。一方、T細胞では、抗原が抗原提示細胞によって取り込まれ、認識可能なフラグメントに分解される必要があります。一般的な抗原提示細胞は、マクロファージや樹状細胞です。(【研究ツールとしての抗体技術】抗原とエピトープ M-Hub)
- 技術用語解説 抗原決定基(エピトープ) 橘田 和美
MHCクラスI分子とMHCクラスII分子
すべての有核細胞は、MHCクラスI分子を持っていて、細胞内の抗原物質をペプチドに分解し、MHCクラスI分子とともに提示します。また、樹状細胞、マクロファージ、B細胞は、MHCクラスIIも発現していて、外来性の抗原ペプチドをMHCクラスIIとともに提示します。(MHCとは?MBL)
上の説明を読むと核をもたない赤血球を別として、体の全ての細胞はMHCクラスI分子を持っていて、「細胞内」のタンパク質を分解してMHCクラスI分子とともに提示するようです。これは異物としてではなくて、「自己」を提示しているという意味なのでしょうか。『免疫ペディア』(第9章移植免疫 1.MCH(HLA) 160ページ 及び288ページ)を読むと、MHCクラスI分子はほとんどの細胞で発現していて、細胞内で分解されたタンパク質のペプチド断片(自己抗原またはウイルス由来)をCD8陽性T細胞に提示し、細胞傷害性であるCD8陽性T細胞がその提示している細胞を殺すということみたいです。MHCクラスI分子はCD8と結合性があり、MHCクラスII分子はCD4と結合性があるため、このような選択的な会合ができるのですね。
ウイルスに感染した細胞がどうして、細胞傷害性T細胞によって殺されるかというと、こういう仕組みがあったからなのでした。がん化した細胞がT細胞により除去される仕組みも同じです。
HLAは個性や行動に関係するか
HLAが数万種類も自己の多様性があるのなら、人間の多様な個性と相関することはないでしょうか。
- Influence of HLA on human partnership and sexual satisfaction. Sci Rep. 2016; 6: 32550. Published online 2016 Aug 31. doi: 10.1038/srep32550 PMCID: PMC5006172 PMID: 27578547
- It Is Not You Who Chooses Your Partner… But Your HLA Genes! 24/10/2018