全微分が可能だと、状態関数になる

はい、その通りです。熱力学において、ある物理量が全微分可能であることは、その量が状態関数であるための必要十分条件です。

これは、一見すると数学的な話で難しく感じるかもしれませんが、意味合いは非常にシンプルです。例え話を交えながら、順を追って解説しますね。


状態関数とは? ― 場所だけで決まる「標高」

状態関数とは、一言でいうと「現在の状態だけで値が決まり、そこに至るまでの道のり(経路)には一切関係ない量」のことです。

一番わかりやすい例が「標高」です。

富士山の山頂の標高は3776mです。あなたが東京から登ろうが、大阪からヘリコプターで直接山頂に行こうが、山頂にたどり着きさえすれば、あなたのいる場所の標高は必ず3776mです。途中の経路は関係ありません。

このように、系の状態(熱力学では温度・圧力・体積など)を指定すれば、ただ一つ値が決まる。これが状態関数です。内部エネルギー ()、エンタルピー ()、エントロピー () などがこれにあたります。


状態関数ではないもの ― 道のりで変わる「移動距離」

一方、状態関数ではないものの例は「移動距離」や「所要時間」です。

東京の自宅(始点)から富士山の山頂(終点)へ行くという目的は同じでも、

  • まっすぐ最短ルートで行く
  • 観光しながら寄り道していく

のとでは、移動距離や所要時間は全く異なります。始点と終点が同じでも、経路によって値が変わってしまいます。

熱力学では、仕事 () や () がこれに該当します。同じ温度・圧力の状態変化でも、急激に変化させるか、ゆっくり変化させるか(経路の違い)によって、系がする仕事や吸収する熱の量は変わってきます。


全微分可能性と状態関数の関係

では、なぜ「全微分可能」だと「状態関数」なのでしょうか。

全微分可能とは?

ある量 が、2つの変数 の関数 であるとします。このとき、 のごくわずかな変化量 が、

という形で**「きれいに」書けるとき、Z は全微分可能であるといいます。

ポイントは、この式が意味するのは「Z の微小な変化量は、x の微小変化 dx と y の微小変化 dy だけで決まる**」ということです。どこにも経路の情報は入っていません。

「全微分可能」が「状態関数」を保証する理由

ある状態Aから状態Bへ変化したときの の変化量 は、上の を積分することで求められます。

全微分可能な関数の積分の重要な性質は、「積分した結果が経路によらず、始点(A)と終点(B)の値だけで決まる」という点です。これはまさに状態関数の定義そのものです。

つまり、

  • 全微分可能 → 変化量が始点と終点の状態だけで決まる → 状態関数
  • 状態関数 → 値が状態だけで決まる関数として書ける → 全微分可能

という関係が成り立ち、両者は表裏一体、つまり必要十分条件となるのです。


具体的な例

状態関数:内部エネルギー U

理想気体の内部エネルギー の微小変化 は、温度 と体積 を変数とすると、

と書けます( は定積熱容量)。これは全微分の形をしており、積分するとその変化量は経路によらず、始状態と終状態の温度と体積だけで決まります。したがって、 は状態関数です。

状態関数でない:仕事 W

一方、系が外部にする仕事の微小量 dW は、dW=PdV と表されます。

これを状態Aから状態Bまで積分したものが仕事の総量 W=∫AB​PdV です。

上の図のように、同じ始点Aと終点Bでも、経路①(定圧→定積)と経路②(定積→定圧)では、グラフの下側の面積(仕事量を表す)が全く異なります。

これは、dW が全微分の形になっておらず、積分値が経路に依存することを示しています。そのため、dW のことを全微分と区別して不完全微分と呼び、δW や d′W と書くこともあります。仕事 W は状態関数ではありません。

まとめ

  • 状態関数: 系の状態(温度、圧力など)だけで値が決まる量。経路に依存しない。(例:山の標高、内部エネルギー
  • 状態関数でないもの: 始点と終点が同じでも、経路によって値が変わる量。(例:移動距離、仕事 、熱
  • 全微分可能: ある量の微小な変化が、状態変数の微小な変化だけで書けること。
  • 結論: ある物理量が全微分可能であることは、その量が状態関数であるための必要十分条件です。これは、全微分可能な量の変化は、積分したときに経路によらないという数学的な性質に基づいています。